弁天岬台場

説明板

標柱
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弁天岬台場は、箱館奉行竹内下野守と堀織部正が幕府に上申し築造されました。
設計・監督は五稜郭と同じ武田斐三郎によるもので、形状は不等辺六角形でした。
台場は箱館戦争で旧幕府軍により占拠されましたが、新政府軍に圧倒され明治2年(1869年)に降伏しました。
その後箱館砲隊が守備していましたが、港湾改良のために取り壊されました。
現在遺構は残っておらず、標柱が立っているのみです。