七尾城

説明板 その1

説明板 その2

説明板 その3

太鼓ノ段 その1

千畳敷

太鼓ノ段 その2

厩の段

馬釣井

二の段

北下の堀切

二の段の土塁

本丸

本丸土塁

本丸南の曲輪

眺望

大手門(医光寺)
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七尾城は益田氏の居城で本丸跡は標高118mに位置します。
全長600m以上のY字状の尾根を要塞化した山城で、大小40あまりの曲輪からなり、土塁/畝状空堀を備えています。
源平合戦で武功をたてた益田兼高が石見の押領使に任じられ、建久4年(1193年)に七尾城を築城しました。
戦国時代末に益田氏19代藤兼は、毛利氏の攻撃に備えて七尾城を改修、自身も居住していました。
関ヶ原の戦いの後に長門国須佐に移り、七尾城は廃城となりました。
現在は曲輪、土塁などを見ることができ、大手門は医光寺に移築されています。